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サスケがへばってます。
まあ、へばってくれないと修行の意味がないんだけどねえ、とか思いながら俺は岩の上に座ってぼんやりと空を見上げた。今日もいい天気だねえ。
ハヤテが殺されてしまった。あいつとは何度か仕事を一緒にしたことがあったから面識もあったし、いい奴だったのに。持病がなければとっくに上忍になっていただろうになあ。
夕顔、落ち込んでた。恋人が死んだんだもんなあ。落ち込みもするか。でも翌日にはちゃんと仕事復帰したって暗部の同僚が教えてくれたから、自棄になったりはしないと思う。あの子は強い子だ。俺だったらどうなってるかな。イルカが殺されたら、きっとその日のうちに犯人を探し出してそいつを死んだ方がましだって思うくらいの拷問にかけて、それから、ああ、いやだいやだ、そんなこと考えちゃって、俺ってば根暗になっちゃったもんだなあ。
そういや、夕顔はイタチと同期に暗部に配属されたんだったなあ。
へばっているサスケを見ながらイタチのことを思いだした。この間自来也様に暁のことを教えられて頭の隅っこにまだ記憶が鮮明だったのだろう。
あいつはいつも何を考えているのかよく分からない子だったな。サスケからの証言で、一族皆殺しにした理由が自分の器を量るためだとか言ってたらしいけど、ほんとくだらない。
大蛇丸も、イタチも、俺に言わせればゴミ以下だ。いくら力が強くても、所詮はそれだけだ。それだけのために人生を棒に振り、人々から恨まれ、影で生きていくことしかできなくなった哀れな連中。
「カカシ、もう一度、だっ、」
サスケがよろよろと立ち上がった。その姿に俺は先日のイルカを思い出した。
酔っぱらってふらふらになっていたイルカ。何が悲しいのか、涙をぽろぽろ流してた。
舌っ足らずに俺の名前を呼ぶもんだからもう、心臓バクバク言ってたよ。まったく、イルカは自分の言動にもっと自覚を持ってほしいよね。あんな言われ方したら、誰だってもうやばいってのっ!!
ああ、思い出しただけで顔がにやける。
「おい、カカシ、聞いてるのかっ!」
サスケが苛々して声を荒げる。
分かってるっての!ずっと修行してやってんだから俺の妄想タイムくらいもうちょっと作ってくれたっていいんじゃないの〜?
ま、相手は砂の我愛羅だし、そんじょそこらの下忍レベルじゃあ太刀打ちできないのは目に見えてるけどねえ。
この間もちょっかい出してきたけど、あの子やばい匂いがぷんぷんするんだもの。
ま、死なない程度にがんばって頂戴ね。と俺は重い腰を上げた。
「おい、カカシ、今日は何日だ?」
何日か後の朝、サスケはそう言ってきた。何日だっけ?ずっとこの岩場で修行してたから時間感覚が麻痺しちゃってるんだよねえ。
俺は口寄せでパックンを呼び出した。
「なんじゃ、カカシ。」
「ねえパックン、今日って何日?」
「カカシ、まさかそれを聞くためだけにわしを呼び出したのか?」
俺は沈黙でもって肯定した。パックンは呆れている。う、うるさいな、俺だって人間なんだから忘れることもあるってのっ!!
「と、言うかカカシ、今日、中忍試験の日じゃぞ?こんな所にいていいのか?それとも試合はもう終わったのか?」
一気に体感温度が下がったような気がした。っていうか今何時だ?もう大分日が高くなってるんですけど。
恐る恐るサスケの方を見た。こめかみがピクピクしてるよおい、や、やばい。
「カカシぃ、」
うわっ、声が低っ!すっげ怒ってるんですけど。
全身全霊でもって即刻会場にお連れ致しますっ!ってな勢いで俺はサスケの手を取って瞬身を使った。
会場にたどり着くと、どうやらシカマルの試合が終わった所だったらしい。
「もしかしてサスケの奴、失格になっちゃった?」
俺は流れ出る冷や汗を拭うことなく、試験官のゲンマに伺った。
「大丈夫ですよ、サスケの試合は後回しにされました。失格にゃなってません。」
「アハハ、そりゃ良かった!良かった!」
俺は空笑いしてサスケをちらりと見た。サスケはほっとしているようだが、俺の視線に気付くと、無言で、こんのウスラトンカチがぁあっ!と言う怒りのプレッシャーを送ってきた。
うあ、怖いなあ、サスケ君。間に合ったんだからいいじゃないよっ!
が、すぐに対戦相手の我愛羅や、ナルトの激によって思考が切り替わった。
ほっ、俺の役目はここまでだなあ。
俺は観客席に移動した。そしてゆっくりとサスケの試合を観戦してましょうかー、っと余裕かましてたら、木の葉崩しが始まった。
ひどい戦いだった。砂忍も音忍も入り交じって木の葉に攻め込んできた。サスケを追わせたナルトたちも気になったが、大蛇丸と対峙している三代目も気になった。
イルカは、たぶん大丈夫だろう。子どもたちは里の宝でもある。生徒たちを安全な場所まで誘導していき、避難させる任を負っているはずだ。戦いの渦中に参戦することはないはずだ。
そして終局を迎え、大蛇丸が逃げていったのを見て三代目がやったのかと思ったが、見に行けば、火影は死んでいた。
聞いていた先生と同じ術で、屍鬼封尽とか言ったかな。命を引き替えにして相手を封印してしまう術。
別に俺が特別だったわけじゃないけど、俺が暗部で苦しんでいる時に色々と根回ししてたっけねえ。沢山心配かけて、いっぱい迷惑かけた。
くそじじい、俺は、あんたにまだ礼の一つすら言ってない。四代目が死んだ時だってイルカと離れ離れになった時だって、いつだってあなたは、俺を、そしてこの里を慈しんできたと言うのに、教え子に殺されておいて、どうして、どうしてそんな穏やかな死に顔をしているんですか。
感傷に浸っている暇はなかった。終局を迎えているからと言って、全てが終わったわけじゃない。里の中でくすぶっている戦禍の傷跡が其処此処に残っているし、怪我人も死人も出ただろう。
生き残った者たちは、各々のやるべきことをしなければならない。それが使命であり、せめてもの亡き人たちへのたむけなのだ。
俺もアスマもガイも紅も、言葉少なげに、だが自分のやるべきことを探して行動していく。胸の内は暗く、叫んでしまいたい気持ちが充満していたが、忍びとしての理性がそうはさせない。
緊急を要する救助や救援が概ね終わった次の日に、葬儀が執り行われた。
一般人の巻き添えはほとんどなかったそうだが、木の葉の忍びは三代目を初めとして、多くの犠牲が出た。
俺は、葬儀の前に慰霊碑へと向かった。ことあるごとに俺はオビトへの懺悔をせずにはいられない。
この目を譲り受けたあの日から、俺は少しは成長しただろうか?お前が言っていたように、仲間を思いやる精神も、仲間を信じるという精神も理解できるようになった。
そこに夕顔がやってきた。ハヤテへのたむけだろう。木の葉崩しの陰謀を知ったがために消されたのであろうことはもう最早間違いはないだろう。大切な恋人を殺された夕顔、憂いに満ちたその表情にいたたまれなさを感じる。
イルカ、お前を亡くしてしまったら、俺は夕顔のようにたむけを持ってここへとやって来られる自信がない。
「夕顔、お前は強いな。」
「元暗部副総隊長である先輩には敵いませんよ。」
夕顔は切なげに笑った。
「大切な人が殺されたら、俺、きっとぶっ壊れるから。」
「先輩にも恋人がいるんですか?」
「いや、恋人じゃない。俺が一方的に好きになっただけ。」
雨足が少し強くなってきた。両肩はすっかり濡れそぼっている。だが傘を差そうとは思わない。このまま雨に濡れていたい。
「先輩、私は強くなんかないですよ。ハヤテは死んでしまいましたが、私もそうそう長生きできるとは思いませんから、しばらくすればまた会えます。今は遠い所にいますが、そうですね、遠征にでも行っているんだろうと考えれば、このやりきれない気持ちも少しは緩和されると言うものです。」
夕顔は、俺に向かって会釈すると踵を返した。
現実逃避か、それも有りだな。
いつ死ぬか分からない忍びとしての運命を、今日程強く感じたことはない。
そう、今だからこそ、イルカ、お前と袂を分かってしまった今だからこそ、俺は、二度と後悔しないように、お前に触れていたいと強く願ってしまう。渇望している。
葬儀の終わったその足で、俺の足は自然とその一点へと向かっていった。
俺の記憶があろうがなかろうが、もうそんなことはどうでもいい。
そこにあるのは、ただ、愛しいと感じる気持ちだけだから、もうその他にもなにもないから。
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